バイオリンでも身体は楽器の一部なのかも!?

最近は音感の問題意識が強くなりすぎて、ヴォイストレーニングの本を読んでいる場合が多いのは事実なのですが、バイオリンの本もまったく読んでいないわけではなく、最近、(先日浜松へ行った際に新幹線車中で、)読んでいたのがこちらの本でした。
「あがり」を克服する―ヴァイオリンを楽に弾きこなすために カトー ハヴァシュ (著), 藤本 都紀 (翻訳), 今井 理瑳 (翻訳) 音楽之友社


ステージとか人前で弾くには100年早く、先生の前で弾いても場合によっては少しあがってしまって譜面が見えなくなってしまうということがたまにありますので、なるべくあがらないように、あがってしまってもなるべく速やかにリカバリできるようにと、こちらの本のタイトルに弾かれて昨年の年末ごろ買っていた本でした。

ハンガリーの天才といわれたらしい女流バイオリニストの方が著した本で、翻訳者の方もバイオリンを弾かれる方らしく、著者のクリニックに参加した体験談があとがきにかかれています。
   

タイトルどおり、天才といわれた著者でも最初にステージに立ったときはかなりあがったという体験談から、説き起こされていくのですが、あがるということをメンタルな面から対応するというよりも、バイオリンの演奏技能に対する自分の認知不安が原因とおっしゃっているような内容で、それを克服するにはバイオリンの演奏技能の根本的な改善が必要と著者は説かれているように読み取れました。

わたしにはまだかなりレベルの高いお話がつづいているようにも読み取れますが、基礎的なレベルにあるものにも重要な示唆をされているようにも読みとれました。いずれにしてもですが、かなり大事なことについて説かれているようですので、またしばらくたったら読み返してみようかと思います。

最近受けているヴォイストレーニングからの問題意識になってしまいますが、歌うことにとって身体全体が楽器であるならば、バイオリン演奏の場合、身体はどの程度バイオリンの共鳴に関与しているのか気になります。本著作でも、あがりを引き起こす不安認知のひとつとして、バイオリンを落とすかもしれない不安ということがとりあげられているのですが、たしかにバイオリンを落とすかもしれない不安感から、バイオリンのあご当てに必要以上に力を加えてしまう傾向にはどうしてもあるかと思いますので、(たまに弾いているとき、はっと思い出してなるべくバイオリンが落っこちそうなくらいぎりぎりまであごの引きをゆるめてみたりしますが)、バイオリンを押さえつけてしまうということは、響きの面でたしかによくない気はつよくいたしますね。

肩当を通じてどのくらい身体とバイオリンが共振するのかよくわかりませんが、理想的には体も多少は共鳴できているとよいのでしょうねと思ったりします。

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